上武大学・岩政大樹監督

 現在、上武大学サッカー部で監督を務める元サッカー日本代表・岩政大樹氏。現役時代は、常勝時代の鹿島アントラーズ、タイそしてJ2 ファジアーノ岡山、関東社会人リーグでプレーをし、引退後は中高年代のサッカー部(それもできたばかりの)を指導するなど、さまざまなカテゴリのサッカーを体感してきた。

 発売早々重版が決まるなど、注目を集める新刊『FootballPRINCIPLES 躍動するチームは論理的に作られる』(JBpress刊)は、そんな経験から学んだ「サッカーの原則的」なことをまとめている。

 今回は育成年代をキーワードに、同書にも記された岩政氏の考える「育成論」を深堀りする。

ーー『Football PRINCIPLES』が話題ですが、どんな人たちに読んでほしいと考えていますか?

 僕はあんまり「こういう人に届けたい」、みたいな感覚で本を出すことはないタイプで、ふと気になった方が手にしてくれて、少しでもヒントみたいなものを手にしてくれればいいな、と思うくらいなんですが……今回の本については、頑張ったという経験を一回して、頭を使う、考えることをもってサッカーや指導を捉えなおそうと思っている人たちに読んでもらえたらいいな、と思います。

 自分の本なのに変な言い方なのですが、読み返してみて、ああそういう捉え方もあるな、と僕自身が気づかされた部分があるんです。これまでを振り返る、新しい視点を得る、そういう一冊になったんじゃないかな、と思っています。

ーーご自身のこれまでを振り返ってみて、高校生に知っておいてほしいことはありますか?

 日々サッカーを深く考える、ということでしょうか。僕自身、多くの指導者にサッカーの原則的な「こうなればこうなる」といったことを教えてもらってきました。それが自分の支えになってきたことは間違いないんですが、一方で、グローバル化した現代は、想像もしなかった「世界」というものが、近くなった、あるいは現実を突きつけられて遠くなった、とも言えて、学んできたものには足りないこともあったんだ、と感じざるを得ないときがあります。

 これまでのやり方、考え方でいい、と思える時代ではなくなったと思うわけです。

 世界と比べればそれは歴史の差と言えますが、それを仕方ないで済ませてしまえば、追いつくまでに同じだけの時間がかかってしまうわけですから、日々、若い世代が深く考えること、サッカーを学ぶことをしてほしいな、と思います。

ーー岩政さんは本書の中で育成年代のサッカーの課題として、例えば体の強い選手を集めロングボールを多用する、といった「徹底的なサッカー」に捉われすぎていることを挙げられています。そうした選手たちは「徹底されたサッカー」以外の「バリエーション」に乏しく、成長しづらいのではないか、と。しかし、進学する生徒が多い高校では、インターハイ予選終了と同時に3年生はサッカー部を去ります。つまり、活動期間は実質2年数か月です。時間が足りない理由から、育成年代では「バリエーション」より「徹底」を優先するチームが多いのではないでしょうか?

 確かにその側面はあります。ただ、(活動期間については)2年数か月あれば問題なくて、どちらかというと、毎年チームが変わることが難しいのかな、と感じています。

 プロの場合、主力が数人いなくなってもチームのベースは変わりませんが、育成年代は毎年最終学年の生徒は卒業するわけですから、選手が入れ替わります。年明けからチームを始動させたら、夏には結果を出さないといけない。実質半年で、ある程度できるようにしなければいけない難しさはあるだろうな、と。それは僕自身も(上武大学サッカー部で)今、現場をやっていて感じます。

 「バリエーション」については、“あれもこれも”伝えないといけないと捉えると時間が足りなくなります。でも、“あれもこれも”というのは、工夫次第で一つにできる。

 例えば、相手のサイドハーフを引っ張り出してその背後を突くことも、相手のボランチを引っ張り出してバイタルエリアを突くことも、同じ括りにすれば、種類は一つです。

 今の例は「縦方向」の動きですが、相手を(横方向に)スライドさせてその逆を突くといったプレーも、「相手を動かすんだよ」「逆を突くんだよ」ということを伝えれば、全部一つなんですよね。

 まとめられるものを定めていけば、解決策は十分あるのではないかな、と。

『FootballPRINCIPLES 躍動するチームは論理的に作られる』(JBpress刊)

ーーその場合、指導者の質がとても重要になります。日本にはそれができる指導者が少ない、と言われ続けてもいます。

 その例でいうと、比較されるのが世界です。サッカーの歴史がある国では、これまでいろんな指導者が「ここはいらない」「ここは必要だな」という試行錯誤を繰り返して整理できてくるんだと思います。

 日本のように「じゃあ世界が整理したんだから、整理したものを輸入しよう」となると、日本人に合っていないものがあるかもしれない。そういうことを含め、突き詰めていえば、逆に時間が足りないことは言い訳にならないと思います。

ーー例えば、育成年代では圧倒できる強さを誇るチームでも、日本代表として活躍できている選手をそれほど多く輩出していないチームもありますが、それはなぜでしょう?

 このあたりは指導者の哲学なんで、チームによって考え方が違うと思うんですよね。

 高校生はまず、そのチームで優勝することが目標ですし、サッカーをする上で勝つことはつねにゲームの最終目標なので、それに向かっている。例えば、今の時点では「あれもこれも」に取り組むと、全然整理ができなくていいプレーできない。そうであるならば今、「これだけやっておけよ」という「徹底性」を貫いたほうが、おそらく目の前の結果は出やすいと思います。

 そこで指導された選手が、その方法で“その先”にたどり着けそうだと思うのなら、僕は失敗ではないと思っていますし、間違いではないと思います。

 気を付けなければいけないのは、「徹底」ばかりが先行して、さらにその「徹底」のうえに「成功体験」が乗っかると、それを「善」と捉えてしまう可能性が高くなる。その可能性を踏まえた上で、指導者が冷静に考え、選ぶべき部分はあるとは思います。

 『FootballPRINCIPLES 躍動するチームは論理的に作られる』(JBpress刊)にも書いたように、「徹底」の先に「臨機応変さ」や「バリエーション」を身につけられないチームで終わってしまう。特に育成年代こそ気を付けるべきだなと感じています。

 これに関して言えば、現代の世界のサッカーの潮流を見ると答えは出ていると思います。実際、ひとつのことを「徹底」したスタイルでプレーするチームは、「バリエーション」を身につけたようなチームもしくは飛びぬけた個が集まったチームに蹂躙(じゅうりん)されてしまう。

 つまり、「その先」に行ったときの成功と、育成年代のときの成功がリンクしてこないわけです。

 次回は育成年代における「止める・蹴る」などをキーワードに、岩政氏の考える「育成論」を深堀りする。

▽『FootballPRINCIPLES 躍動するチームは論理的に作られる』
『FootballPRINCIPLES 躍動するチームは論理的に作られる』(JBpress刊)