大阪国際大学の長野崇監督(写真=大阪国際大サッカー部提供)

ーー当時のサンフレッチェ広島時代の教え子で印象に残っている選手はいましたか?

 森重真人(FC東京)ですね。いま僕は最終身長を予測する研究を行っています。この年になってもう一度、神戸大学大学院博士後期過程にて発育発達学研究を行っています。急激に身長が伸びることにより、運動が稚拙となる「思春期不器用」という現象がありますが、森重が当時、その現象であったと考えられます。パフォーマンスが著しく低下する時期に差し掛かり、サンフレッチェユースに昇格させないという結論になってしまいました。彼は広島県を代表する選手だったので大変残念な結果でした。その後、彼は広島県立皆実高校に進学し、そこからU-17の代表、U-19の代表、オリンピック代表、フル代表に選出され、日本を代表する選手となりました。W杯も2度出場し、現在ではFC東京のキャプテンを務めています。当時はこういう現象があるという知識が不足し、クラブに対し選手のコンディションをプレゼンできなかったんですよ。

 これらの経験から、森重への謝罪の気持ちを胸に抱き、今は統計学を使って最終身長を予測するパラメータ(媒介変数)を開発する研究を行っています。個々人の成長特性から、未来の成長曲線を予測する研究であります。AIの指数関数みたいなもので、最終身長を予測するパラメータを開発することができました。バスケットボール協会は、このパラメータを使い未来の大型選手を発掘しています。しかし従来のパラメータは、アメリカの初期値を使っているため、日本人に適応しにくいという問題を抱えていました。日本人は欧米人に比べ早熟傾向であるため、最終身長を実際より大きく予測してしまうという課題がありました。そこで日本人用パラメータを開発しその精度を検証した論文を執筆しました。このことで、思春期不器用に差し掛かる時期を予測すること、最終身長を予測することで、タレント発掘やトレーニングに応用することが可能であると考えています。一時的なパフォーマンスの低下時期を予測することは、現場の指導者の方が選手の適性を理解するうえで大変有効であると考えています。今後は、多くの指導者にこの知見を共有することで、適切な運動指導の確立を目指しています。

ーー教え子には日本代表選手も沢山いますが、彼らに共通する事は何かありますか?

 それがよくわからないんですよね。というより、もっと育てるべく選手が沢山存在したと思います。槙野がプロになるなん思ってもいなかったし、気が付いたら日の丸をつけていたし、今や芸能人ですが(笑)。森重は絶対に昇格させなければならない選手でした。彼が高校3年生の時に、サンフレッチェ広島はプロサッカー選手としてのスカウトを行っていますが、彼は別のチームを選びました。我々は彼のポテンシャルを見逃し、彼の人生を狂わせてしまったんです。強いて言わせていただくならば、日本代表になった選手たちは、強烈に「負けず嫌い」であったように感じます。自ら自身を奮い立たせる強いメンタリティを備えていたように記憶しています。

ーー大学で教員をやりながら、サッカー部の監督をやっている方は珍しいですよね?

 このキャリアは、選手を預けてくれている高校の先生方との信頼関係構築に貢献していると自負しています。僕が教員なので、文武両道を強く学生に要求しています。授業に出ていないとか、単位を取れないとかに関しては、選手を呼び出して反省文も書かせます。入学前から文武両道は約束事であり、選手の絶対的な責任であると伝えています。

ーーサッカーだけではなく、これから社会に出ていく準備もさせているんですね?

 この時期はアイデンティティ危機と言われています。"サッカー選手じゃなくなる"ことで自身のアイデンティティがなくなる時期で、将来に対して不安をすごく感じる。「これからどうやって生きて行くんだろう?」サッカーでご飯が食べられないという現実が見えてくるので。だからこそ「アイデンティティ再構築化」が必要であると考えています。サッカーで培った諸能力が、サッカー以外の環境で活かされた経験を得ることで、アイデンティティは再び豊かになると信じています。多くの時間とお金と情熱を掛けたサッカー人生は、必ず次なる人生の土台となっています。そのことに気付かせることこそが、大学スポーツ活動の醍醐味であると確信しています。

 今、本学のサッカー部は3社のスポンサー企業にご支援頂いています。胸のスポンサーをしてくださっている企業の社長さんは、野球の独立リーグの球団代表もされている方で、スポーツ業界に精通されています。当社は人材紹介会社であり、元プロ野球選手や元Jリーガーも雇っておられるため、同じ境遇のアスリートのセカンドキャリアや、特にスポーツをしている学生たちの就職支援もされている会社です。元アスリートとして自身の経験から、現役学生アスリートの進路実現を行うべく、親身に相談にのってくれています。こういったスポンサー企業の皆様のご協力は絶大であり、多くの関係者が学生の成長を支えてくれています。

ーー大阪国際大学の監督になられた時にはどんな風にチームを作っていったのでしょうか?

 僕が着任した際に2回生で、その後キャプテンになった選手は成績優秀者であり、4年間通して大学から成績優秀者に付与される奨学金をもらい続けた学生でした。就職活動では内定を13社取得、上場企業も6社取得するような学生でして、これがまた人格者でありました。彼は彼で僕の事を救世主だと言ってくれていますが、彼とタッグを組んでチームを作っていきました。大阪国際大学サッカー部への母校愛が大変強く、今では外部コーチとして後輩の指導を行ってくれています。副顧問の大野さんは、裏方として監督である私を全面的に支えてくれています。私は本当に人に恵まれているのです。幸せな人間であると思っています。

ーーサッカー的にはどんな指導をしたのでしょうか?

 コーチングの哲学はずっと変わっていません。UEFAでのコーチングライセンス取得時のスキルが僕のバイブルになっています。イギリス留学で学んだ多くの知見の中で最も感銘を受けた事は、「コーチングのタイミング」でした。「ミスが表出するタイミングで現象を指摘しても、選手は既に判断を下しており手遅れである」というものでした。選手のミスが、どのタイミングで始まっているのかを見極め、逆算的思考で成功に繋がるファクターを、適切なタイミングで伝えることの重要性を学びました。「失敗の本質を見抜き、選手が自ら判断し行動を修正することを支えること」こそがコーチングであることを教わりました。これはGuided Discoveryスタイルといい、ガイドしながらも選手に気付かせるといったコーチングスタイルです。よって選手がボールを触るタイミングでコーチングをすることはありません。ボールを受ける前に最適な情報や判断材料を与えることに徹しています。サッカー選手としても、社会人としても自立した選手を育成するためには、自ら考え行動し、自身の取った行動に責任が取れる学生を育てる必要があります。サッカー部での活動を通して、有用な人材を世に輩出していきたいと考えています。

 #2につづく

 (文=会田健司)